大判例

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東京高等裁判所 平成元年(ネ)950号 判決

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

田中善朗

田中公子

右両名訴訟代理人弁護士

倉田大介

佐貫葉子

板澤幸雄

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

小林茂

小林智枝

右両名訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀井敬一

西内岳

木ノ元直樹

主文

一  控訴人らの控訴を棄却する。

二  被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは、控訴人らそれぞれに対し、金四七〇万八三三三円及びこれに対する昭和六二年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人らの、その余を控訴人らの各負担とする。

四  この判決は、第二項1に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人らそれぞれに対し、更に金一〇五〇万円及びこれに対する昭和六二年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審において請求を減縮)。

3  被控訴人らの附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  控訴人らの控訴を棄却する。

2  原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

3  右部分についての控訴人らの請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

との判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり訂正、付加するほか、原判決の事実摘示及び当審記録中の書証目録の記載と同一であるから、これを引用する。

一  原判決六頁一二行目の「二〇四三万二四七四円」の次に「の内金一六八五万五〇七八円(当審請求分一〇五〇万円)」を加え、原判決七頁八行目の「恋人同志」を「恋人同士」と、原判決九頁一三行目の「トライブ」を「ドライブ」と、原判決一〇頁七行目以下の「搭乗」をいずれも「搭乗」と、原判決一一頁九行目の「付さている場合」を「付されている場合」と、それぞれ改める。

二  控訴人らの主張として、次のとおり付加し補充する。

千代田火災の搭乗者傷害保険は、小林有宜也(以下「小林」という。)が車を借りた株式会社トヨタレンタリース東京において同社及び運転者を被保険者として加入している自動車保険に、自動付帯されているものであり、保険契約者は、右株式会社トヨタレンタリース東京であって、小林ではない。また、その保険料は、レンタカー業者である同社がその保有車両全部の分を一括して支払っているものであって、レンタル料金の中に搭乗者傷害補償料(本件では五〇〇円)という項目があることから、最終的にはその一部がレンタル料金中に転嫁されている可能性はあるが、右補償料を支払うことによってはじめて搭乗者傷害保険の保険金給付がなされるものではなく、補償料を支払わない場合でも保険金給付はなされるものである。そして、小林は、補償料について十分な説明を受けることなく、実務の流れに従って右補償料を支払ったにすぎないものであるから、この補償料支払の事実から、小林が、小林車に搭乗する第三者に傷害を加え、これに保険金が支払われるときには、この第三者に対する見舞金とする合理的意思を有していたと推認することもできない。

一方、安田火災の搭乗者傷害保険は、小林が自己及び自己の運転する小林車に搭乗することあるべき第三者のために締結した保険契約とされているが、これを理由に右の保険金を受領した事実を慰謝料の斟酌事由の一つに加えることは、搭乗者傷害保険契約を締結したこと自体を考慮しているに等しいものであり(同契約は元々第三者のためにする契約である。)搭乗者傷害保険の保険金給付額を損害賠償額から控除しないとする確定した裁判例の取扱いと矛盾するものである。

本件において、被害者である田中大成(以下「大成」という。)は、わずか一八歳でその人生を断絶されたものであって、本人及びその両親である控訴人らの無念さは測り知れないものがある。したがって、たまたまレンタカーの仕組により、通常の生命保険金程度の金額(二〇〇〇万円)の搭乗者傷害保険金の給付を受けたからといって、到底控訴人らの精神的苦痛が慰謝されるものではない。

三  被控訴人らの主張として、次のとおり付加し補充する。

本件事故は、計画自体にそもそも無理があった上、ドライブ当時の状況も加わって小林を極度に疲労させた結果、発生したものであり、このことは同乗者であった大成も熟知していたものである。また、同乗者を含めた本件ドライブ参加者全員にスピードを楽しむ雰囲気があったこと、小林車に定員を超える六名が乗車したことも、本件事故の一因であったことが明らかである。

これらの事実も考慮するならば、大成は、小林の運行に直接又は間接に関与していると同時に、本件事故自体に直接又は間接に関与しているというべきであるから、過失相殺として全損害の五〇パーセントが減額されるべきである。そして、控訴人らの全損害額から右過失割合による減額をした上、残額に既払の自賠責保険金二五〇六万三八〇〇円を充当すると、本件においては、控訴人らの損害はすべて填補されているのである。

理由

一原判決理由第一項ないし第六項に説示するところは、次のとおり訂正、付加するほか、当裁判所の認定、判断と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一四頁初行冒頭から原判決一五頁一二行目末尾までを次のとおり改める。

「2 本件事故により大成が死亡したことに基づき、控訴人らが、千代田火災から一五〇〇万円、安田火災から五〇〇万円の合計二〇〇〇万円の搭乗者傷害保険金の支払を受けていることは、当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、右のうち安田火災の搭乗者傷害保険は、小林自身が保険契約者として締結していたドライバー保険に付帯しているもので、自己の運転する車両に搭乗する者(運転者自身を含む。)を被保険者とするものであることが認められ、また〈証拠〉によれば、千代田火災の搭乗者傷害保険は、小林が本件加害車両を賃借したレンタカー会社(株式会社トヨタレンタリース東京)が、保険契約者として、その保有する全レンタカーについて対人保険、対物保険、車両保険と合わせて一括加入し、保険料を支払っているもので、レンタカーに搭乗する者を被保険者とするものであること、同社のレンタル料金の中には「搭乗者傷害補償料」として右の保険料及び同社の手数料が含まれており、ほとんどの客がこの補償料の支払をしていること、もっとも、右のとおりレンタカー会社から保険料が支払われているため、客から補償料の支払がない場合においても搭乗者傷害保険金の給付がなされるものとされていること、本件においては、小林が、小林車を右株式会社トヨタレンタリース東京から賃借するに当たり、右搭乗者傷害補償料を含むレンタル料金の支払をしていること(なお、〈証拠〉によれば、レンタル料金は最終的には車に乗った者が分担して負担するとの約束があったことが認められるが、実際に右の小林の支払ったレンタル料金を小林車の同乗者が分担したか否かは明らかではない。)が認められ、これらの認定を左右する証拠はない。

ところで、搭乗者傷害保険は直接に損害を填補する機能を有するものではなく、その保険金給付額は損害賠償額から当然に控除されるものではないと解されるが、少なくとも、本件のように、加害車両の運転者である小林が、自ら保険契約者として保険料を支払っている場合(安田火災分)はもとより、レンタル料金の一部として保険料を負担している場合(千代田火災分)には、小林としては、自己の運転を原因として発生した事故により搭乗者が傷害を受けたときは、給付を受けたその保険金をもって見舞金とし、被害者ないしその遺族の精神的苦痛を一部なりとも償おうとの意思を有していたものと考えるべきであるから、右保険金の給付がなされていることを慰謝料額算定に当たって斟酌するのが相当である。そして、右のとおり控訴人らが合計二〇〇〇万円の搭乗者傷害保険金の支払を受けていることのほか、本件事故の態様、大成の年齢、家族関係等の一切の事情(ただし、後記4のいわゆる好意同乗に関する事情を除く。)を考慮すると、控訴人らの慰謝料は八〇〇万円(各四〇〇万円)をもって相当とするというべきである。」

2  原判決一五頁末行冒頭の「四」を「三」と、原判決一六頁六行目の「トライブ」を「ドライブ」と、それぞれ改める。

3  原判決一六頁九行目の「(二)」の次に「成立に争いのない乙第八号証、」を加え、同行目の「及び弁論の全趣旨」を「並びに弁論の全趣旨」と改め、原判決一七頁初行の「約三時間」の次に「(もっとも、前掲藤山証言によれば、この間も、ずっと休息していたものではなく、湘南海岸通りをドライブしたりしていたことが認められる。)」を加え、同二、三行目の「仮眠をとらず」を「休息を取らず」と、同五行目の「小林車に」から同七行目の「乗車したこと」までを「小林車は、排気量が一三〇〇ccの小型車(トヨタ・スターレット)で、その定員は五人であったこと、本件ドライブの参加者の中には、ジャンパーの下にさらしを巻き、木刀を携行していた者もいたこと」と、それぞれ改める。

4  原判決一七頁九行目冒頭から原判決一八頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「(三) 以上の事実によれば、本件事故の直接の原因は、小林が、かなりのスピードを出して無謀な追越しを図り、その際ハンドル操作を誤ったことにあるから、本件事故は小林の過失により生じたものというべきである。しかしながら、本件事故当時、排気量一三〇〇ccの小林車の定員(五人)を超える六人が乗車していたものであるから、小林車は、車の安定を欠き、わずかな衝撃でもバランスを失いやすい状態にあったと考えられる上、運転者の小林は、当時一八歳という年齢であり、また、何回か休息を取っていたとはいえ、深夜から早朝にかけて徹夜で、しかも、交替することなく終始一人で車を運転していたものであるから、本件事故当時は、疲労により的確にハンドルを操作する能力が低下していたと考えられるのであって、前記のように小林がハンドル操作を誤ったについては、これらの事情が一因となったものと容易に推認される。更に、本件事故現場において小林車が先行する宮脇車を追い越さなければならない必要性は特に認め難いところ、本件ドライブは、若者だけの深夜ドライブであり、各車のボンネット等にはステッカーが貼られ、また、参加者の中には、ジャンパーの下にさらしを巻き、木刀を携行するなど、暴走族まがいの格好をしていた者もいたことなどにかんがみると、本件ドライブの参加者の間にはスピードを楽しむ雰囲気があり、前記のように小林がかなりのスピードを出して無謀な追越しを図ったについては、このような雰囲気が影響していたものと見るのが自然である。

そして、大成は、右のように、小林車が定員超過の状態にあり、かつ、小林が徹夜ドライブで疲労していた事実を当然に承知していたはずのものであり、また、本件ドライブに主体的に参加することによって、右のようなスピードを楽しむ雰囲気の醸成に多かれ少なかれ関与していたものということができる(なお、前掲〈証拠〉によれば、本件ドライブ出発前に各車のボンネット等にステッカーを貼るに当たっては、大成が中心的役割を果たしたことが認められる。)。

してみると、本件事故により生じた結果を運転者である小林一人の責任に帰せしめることはできないというべきであり、他方、前掲藤山証言によれば、大成は、元来は仕事の都合で本件ドライブに参加することを予定しておらず、出発前にステッカーを貼っているうちにこれに参加することになったものと認められることから、本件ドライブ参加者の中では比較的関与の度合が低いことを考慮に入れても、過失相殺の法理の類推適用ないしは信義則の適用により、被控訴人らにおいて賠償すべき損害額は、前認定の全損害額からその二五パーセントを減じた額とするのが相当である。被控訴人らの抗弁1は、右の限度において理由がある。」

5  原判決一八頁六行目の「塔乗」を「搭乗」と改める。

6  原判決一八頁一三行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「四 控訴人らが請求原因4(五)のとおり自賠責保険金二五〇六万三八〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。そこで、右金額を前記の減額後の損害額三三五八万〇四六七円から控除すると、残損害額は八五一万六六六七円となる。」

7  原判決一九頁四行目の「一〇〇万円」を「九〇万円」と改め、同六行目冒頭から七行目末尾までを削除する。

二以上によれば、被控訴人らは、控訴人らそれぞれに対し、四七〇万八三三三円及びこれに対する本件事故後の日である昭和六二年二月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものであり、控訴人らの本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

よって、控訴人らの控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人らの附帯控訴に基づき、以上と一部結論を異にする原判決を本判決主文第二項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉井直昭 裁判官小林克巳 裁判官河邉義典)

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